Libraは目的と手段がちぐはぐで整合性に欠ける ― 斉藤賢爾(ブロックチェーン開発者)

Libraは目的と手段がちぐはぐで整合性に欠ける ― 斉藤賢爾(ブロックチェーン開発者)

6月18日の発表以来、「Libra(リブラ)」は世界中で議論を巻き起こし、もっとも注目を集めるブロックチェーンプロジェクトになっている。ただし、金融分野に与える影響の大きさを懸念する動きとは対照的に、技術的な評価は必ずしも高いとはいえない。Libraには何が欠けているのか。長年、暗号通貨やブロックチェーンの研究開発に取り組んできた斉藤賢爾氏に、Libraのホワイトペーパーから受けた印象、採用技術に対する疑問点について語っていただいた。

問題の解決ではなく助長になってしまわないか

「Libra」および「The Libra Blockchain」のホワイトペーパーを一読した。誤解しているところもあるかもしれないが、以下にその印象を述べる。

 

まず、全体の設計が整合的ではないと感じた。大きく掲げられている目的と手段が合致しておらず、採用している技術はトラストの面で達成すべきゴールが不明瞭であり、既視感に満ちていて、既存の同様な設計と比較して改善になっていないように見える。

 

ただし、この感想は、私はLibraが特にひどいわけではないと考えているということを意味している。ちまたにあふれる、ブロックチェーンを標榜する技術のほとんどが同様の問題を抱えているのではないだろうか。

 

ホワイトペーパーでは、Libraが解こうとする問題を述べた「背景にある問題(Problem Statement)」において、特に「金融包摂(financial inclusion)」を挙げている。「数十億の人々に力を与える」というキャッチフレーズからも、そのことを重要視していることが伺える。しかし、その解決手段として提示された「グローバルに通用する貨幣」は、本当に解決策になるだろうか。それどころか問題を助長することになってはしまわないか。

 

「世界に格差がある」ということが、包摂されていない状態における問題の出発点だろう。その背景には「グローバリゼーション」がある。グローバル化によって、先進国では国外の安い労働力が利用可能になり格差が拡大し、新興国・開発途上国では労働の賃金が上がり格差が縮小することで、全体としては人口が多い後者の影響から世界の格差は縮小するという考え方があった。しかし現実には、世界の至るところで格差は拡大している。グローバル化とデジタル化が両輪で進行し、デジタル化に対応するスキルを持たない層が疎外されるためともいわれる。

 

結果、世界中で同じ原理・枠組みと評価基準にもとづいて経済活動を推進することで、強者と弱者が世界規模ではっきりと分かれてしまった。広域単一市場を生んだ米ドルやユーロが一役かってきた問題だといえる。そこへ、新たに世界共通の通貨を導入するということは、どういうことなのか。世界が1つの経済の枠組みの中で動くことで、貧しい地域では、その地域のリソース(自然の資源や労働力)がますます安く買い叩かれることになるのではないだろうか。

 

意図してそのような世界への道を進めようとしているなら、すなわち「包摂(inclusion)」の意味がグローバルな単一市場へのそれであり、強者となった企業にとっての利益と支配力の源泉を世界の隅々まで拡大しようというのなら、最悪としかいえない。仮に意図していないのだとしたら、そこに善意はあるのかもしれないが、あまりに思慮に欠ける。

 

作家ダニエル・クインが小説『イシュマエル』で用いた比喩に倣えば次のようなことだ。足漕ぎで羽根を羽ばたかせる、航空力学を無視した乗り物にみんなで乗り込み、「これで飛べるだろう」と崖の上から空中に押し出してもらい、「やれ漕げ、それ漕げ!」(広域単一市場)と号令をかける。しかし乗り物はどんどん加速しながら落下を続け、「これは何が原因なのだろう? そうだ羽ばたきが足りない!もっと漕げ!」(Libraによる世界単一市場)とますます必死に漕ぎ続ける――私には、そのような悲喜劇の1シーンに見えるのだ。

 

グローバルに動作する基盤は必要なのかもしれない。インターネットはまさにそのような存在で、単に仕事をデジタル化する(そして疎外を生む)のではなく、社会の仕組みそのものを変革していくための道具として使えるだろう。しかし、包摂するという目的のためには「統一」ではなく「多様性」が担保される必要があるのではないか。必要なのは、世界で単一の通貨ではなく、地域や目的ごとに細分化されていく交換媒体なのではないか。

 

さらに、これからの社会で自動化のレベルが上がっていくにつれて、交換媒体の必要性自体も疑っていかなければならなくなるだろうと私は考えている。

新しい価値提案に乏しい採用技術

次に「The Libra Blockchain」に目を移そう。既視感のある技術の羅列になっており、設計上の課題が整理されているようには見えない。その主張とは裏腹に、これまでのブロックチェーン(を標榜する)技術に対する反省が見られないというか、そもそも反省すべき点を見誤っているのではないか。

 

Libraのホワイトペーパーではコンセンサスに注目しているようだが、そもそもコンセンサスはそれほど重要なのだろうか。私たちが開発を進めているBBc-1※1やR3コンソーシアムのCordaなどと同様、なぜコンセンサスが必要とされるかを考えれば、それは決して設計の目玉にはならないという結論になるはずだ。

※1 BBc-1:Beyond Blockchain One。ブロックチェーンの課題を解決すべく斉藤氏が中心になって開発されている基盤ソフトウェア。一般社団法人ビヨンドブロックチェーンのもとオープンソースソフトウェアとして公開されている

「コンセンサス」という用語が日常的に示す意味(意思表示の合致)とは異なり、分散システムにおけるコンセンサスとは「複数のプロセスから見た同一変数の値が一致すること」であり、矛盾の解消を意味する。システムが管理された状態にあって、プロセスが自律的に動作しないのであれば、矛盾とは主として故障により生じることになる。すなわち、こうしたシステムにおけるコンセンサスの意味は耐障害性(FT:フォールトトレランス)に帰結する。その証拠に、Libraでもビザンチン・フォールトトレランス(BFT)が強調されているのだろう。

 

The Libra Blockchainのホワイトペーパーでは、左にクライアント、右に検証者(validator)の集合を示したものが最初の図として登場する。これはレプリカを作るといった部分も含めて1980年代からある耐障害性のための設計パターンだ(現に、このホワイトペーパーでは、コーネル大学での私の恩師のひとりであるSchneider教授による1990年のチュートリアルが引用されているが、その中でこのアプローチは1985年までに出来上がっていたことが述べられている)。日本でいうなら昭和(の終わり近く)の技術である。なぜ、平成が終わった2019年にもなって昭和の技術を売り込まれなければならないのか。売りつけられた人々は怒ってかまわないのではないだろうか。

「Libraプロトコルの概要」を示す図(「The Libra Blockchain」ホワイトペーパーより)

もちろん、これは耐障害性を得るうえで有用な技術であり、当たり前のように、これまでにいろいろな分散システムで使われている。ホワイトペーパーの著者らの名誉のために捕捉すれば、決してこれを売り込むという書き方にはなっていない。しかし、多くの商用ブロックチェーンを標榜する技術が、この設計パターンをあたかも特徴的なもののように扱っていることは問題だろう。また、Libraでは検証者を1,000台といった規模にする計画だというが、この設計が適している範囲を逸脱しているといえるだろう。

ブロックチェーンであることの意味をあらためて問う

そもそも、ブロックチェーンのようなものはなぜ必要とされるのか。スケーラビリティ等はどうにでもなるとして、毛色がちょっと異なるだけのデータベースを結果的に売りつけられてしまう前に、ここだけは外せないという要件に注目したほうがよいのではないか。

 

クライアントが「それは事実か、その権利は(たとえば)Aliceにあるのか」と聞いて、システムが「イエス」と答えるのを信じて済むのであれば、そもそもブロックチェーンである必要はない。

 

クライアント(ステークホルダーの誰も)が、事実や権利を証明によって確認できるのでなければ、従来のデータベースと同じだ。かといって、デジタル署名が付いているから、あるいは、整合性が検証できるデータ形式だから、というだけでは目的を達成したことにはならない。

 

整合性を保つようにレッジャーを再計算することで、過去にあったはずのデジタル署名付きトランザクションが無かったことにされたり、過去になかったはずのそれがあったことにされたりする可能性が無視できないのであれば、証明にはならない。ジョージ・オーウェル風にいえば「現在を制するものが過去を制す※2」ことを阻止できないのであれば、ブロックチェーンとしては無意味ではないのか。

※2 ジョージ・オーウェルの小説『1984』に、「Who controls the past controls the future; who controls the present controls the past.(過去を支配する者は未来を支配し、現在を支配する者は過去を支配する)」という文章がある。作品には、歴史記録の改ざんを仕事にする主人公が登場する

「いや、お前はThe Libra Blockchainを誤解している。証明の機能がちゃんと提供されているよ。過去のデジタル署名付きトランザクションについて、たとえ秘密鍵が漏洩したとしても、それより前の記録については正しさをステークホルダー全員が検証可能だし、帳簿が二重に作られて、2つのクライアントにそれぞれ異なる歴史が伝えられることもない」(これらはBitcoinでは事実上できていることであり、仮にLibraでできないとすれば後退である)

 

もし、そう主張するのであれば、私の読み落としであり、まさにコンセンサスの仕組みではなく証明の仕方こそがドキュメントでは前面に出て、より詳細に説明されるべきだろう(私の現在の理解では、The Libra Blockchainではレプリカを持つことによってしか証明に参加できないし、その場合でも二重帳簿の問題は解決できないと思う)。

 

サトシ・ナカモトはBitcoinを設計する際、そのシステムにおける事実と権利はどのように確認できるようにすべきかを考え、そのアイデアの周りに必要な技術を配置していったと想像する。一方、現在ブロックチェーンを標榜する多くの技術設計で行われているのは、Bitcoinの設計からブロックチェーンなるものを抜き出して、異なる問題領域に適用できるのではないかと当てずっぽうにところどころ変えて試しているといった程度のことになってしまってはいないだろうか。

 

問題を真摯に見つめ、捉え、その解決のための適切なアイデアを見出し、その周辺にそのアイデアが機能するための技術を配置するという方法によらずに、どうして役に立つシステムの設計ができるだろうか。Libraをはじめ、今こそすべてのブロックチェーンを標榜する技術の設計者に問いたい。

 

 

 

編集:仲里淳

 

Profile

斉藤 賢爾(さいとう けんじ)
慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員
一般社団法人ビヨンドブロックチェーン 代表理事
株式会社ブロックチェーンハブ チーフ・サイエンス・オフィサー

 

1964年生まれ。「インターネットと社会」の研究者。日立ソフト(現 日立ソリューションズ)などにエンジニアとして勤めたのち、2000年より慶應義塾大学SFCへ。2003年、地域通貨「WATシステム」をP2Pデジタル通貨として電子化し、2006年、博士論文 “i-WAT: The Internet WAT System – An Architecture for Maintaining Trust and Facilitating Peer-to-Peer Barter Relationships –” を発表。現在は「人間不在とならないデジタル通貨」の開発と実用化がおもな研究テーマ。2048年までにこの世から「お金」の概念を消し去ることが当面の目標。