「ブロックチェーンエンジニアは国際秩序まで考える」Cryptoeconomics Lab落合渉悟氏の仕事観 ― 福岡フィンテック座談会レポート

「ブロックチェーンエンジニアは国際秩序まで考える」Cryptoeconomics Lab落合渉悟氏の仕事観 ― 福岡フィンテック座談会レポート

8月20日、福岡県福岡市のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」において「フィンテックエンジニア座談会」が開催された。福岡市と福岡スタートアップ・サポーターズ協議会の主催で、エンジニアに興味をもつ中高大学生やその保護者を対象にしたイベントだ。さくらインターネットの川野洋平氏をモデレータに、マネーフォワードの黒田直樹氏と杉本至氏、Cryptoeconomics Labの落合渉悟氏が、それぞれの仕事や起業について語った。本稿では、ブロックチェーンエンジニアである落合氏の発言を中心にまとめる。

フィンテック/ブロックチェーン領域で働く4人のエンジニア

登壇した4人は、モデレータを務めた川野氏も含めて全員エンジニア。川野氏はさくらインターネットに所属しながら、自らも「postalk(ポストーク)」というサービスの開発・運営を行っている。

 

落合氏は、Cryptoeconomics LabのCTO(最高技術責任者)を努めながら、ブロックチェーンエンジニアとして研究開発に取り組んでいる。同氏は、イーサリアムのスケーリング問題を解決する技術として注目されるPlasmaの研究者・開発者としても国内外から注目されている存在だ。ちなみに、川野氏と落合氏は過去に一緒に起業した間柄でもあるという。

 

マネーフォワードの黒田氏は、大学生のころに起業したがうまくいかず、一時はホームレスになった波乱の人生経験をもつ。プログラミングの経験はあったものの、エンジニアとして働くようになったのは30歳近くで、自分より若いエンジニアに負けないように必死に勉強したという。現在は出身地でもある佐賀県に住みながら、高速バスで福岡のオフィスに通っている。

 

同じくマネーフォワードの杉本氏は、黒田氏とともに福岡オフィスでiPhoneアプリを開発している。福岡出身で、一度東京に出てエンジニアとして働いたのち、再び福岡に戻ってきたという。エンジニアとして8年間の経験があるが、自身は「エンジニアになれたのかまだわからない。毎日不安だし、プログラミングが得意だとも思っていないが、好きで楽しいからやっている」といい、黒田氏を指して「難しいところは得意な人や仲間に手伝ってもらえばいい」と、個人の適正だけがすべてではないという仕事観を語った。

イベントのQ&Aサービス「sli.do」を使って会場から募った質問に答えながら進められた

「価値」をあつかうブロックチェーンエンジニア

会場の中でビットコインの名前を聞いたことがある人はそれなりにいたが、ブロックチェーンやイーサリアムとなると大人が数人手を挙げる程度。そんな来場者に対して落合氏は、自身の仕事を次のように説明した。

 

「価値っていうのはふわふわしてよくわからないもの。たとえば、僕はインドネシアに2年間住んでいたが、日本円が使えない。僕が100万円の札束をもってインドネシアの田舎に行っても、ご飯が食べられない。価値って不思議だよね。イーサリアムというのは、そのような価値というものをインターネット上で実現するための技術。まだ卵の段階で、処理スピードがものすごく遅いが、それを改善して実社会で使えそうなところに当てはめていくという仕事でお金をもらっている」(落合氏)

 

さらに起業については、「ブロックチェーンやイーサリアムがこれから広く使われるようになると信じている。だから、会社としてお金を借りて人を雇って、もっと大きな仕事ができるようにしている。借りたお金は返さないといけないから、お金を借りるのは怖いこと。だけど信じているし、実際に自分が予想したとおりになっているので平気で借りることができる」と、スタートアップ経営者らしい信念を語った。

(左)モデレータを務めた川野洋平氏 さくらインターネット株式会社/postalk株式会社、(右)ブロックチェーンエンジニアの落合渉悟氏 株式会社Cryptoeconomics Lab CTO

まずは興味をもつことがエンジニアへの第一歩

エンジニアになるための勉強方法について聞かれると、杉本氏は「好きで興味をもつことから始まる」と答えた。

 

「エンジニアになるための勉強をしている人はまれ。好きで楽しくて、ブロックチェーンや新しいハードウェアが出てきたら、自分でどんどん調べて掘り下げていくことで自然に知識が深まっていく。それが結果的に勉強になる」(杉本氏)

 

自分がおもしろいもの、好きなものを見つけることが、まずは大切ということだ。黒田氏も、初めて自分の意思で開発したのは、株式市場のデータを分析して自動取引をするプログラムだったという。動機は「当時、株にはまっていた」からと、やはり自身の興味が起点となっている。

 

落合氏は、大学では化学や物理学を学んでいて、プログラムを専門的に学んだり書いたりしていたわけではなかった。ただし、さまざまなものへの興味は尽きず、物理以外にも脳神経科学や哲学といった分野にも触れていたという。そしてプログラミングについて、その本質は「因数分解」だと語る。

 

「中学性くらいで習う因数分解。複雑な式が出てくると、最初はそんな分け方できるかよと思う。でも、慣れてくると分解できることに気づけるようになる。プログラミングも同じで、さまざな要素に分解していくことが必要。黒田さんが作った株取引のプログラムだって、過去のデータがあり、時間という概念があり、単位時間ごとに株価の上がるか下がるかを返すことと分解できる。これが因数分解ということ。これさえできればプログラムは書ける」(落合氏)

(左)黒田直樹氏 株式会社マネーフォワード 執行役員 福岡拠点担当/クラウド経費本部 開発部 部長、(右)杉本至氏 株式会社マネーフォワード

いまの時代は「プログラミングする」だけでは不十分

エンジニアが起業するということは、プログラミングというスキルを活かして社会に価値を生み出すこと。しかし、その意味はここ数年でより踏み込んだものになっていると落合氏はいう。

 

「僕はエンジニアだけど、時間のほとんどを経済学と法学の勉強に費やしている。でも、ある意味これもエンジニアリングといえる。僕らが大学生だった8年くらい前は、プログラミングをすることが中心にあって、それで社会の課題をどう解決するかが起業するということだった。でもいまは、世の中のあらゆるところにコンピューターを使った情報処理がかかわってくる」(落合氏)

 

そんな状況において、「プログラミングは背骨(基礎)のようなもの」と落合氏は表現する。ただプログラミングができるというだけでは、以前ほどの価値をもたなくなっているというわけだ。起業という観点で見たときに、これからはエンジニアであってもプログラミングのスキルだけでなく、もっと幅広い知識や視点が求められる。

 

「本気で、ブロックチェーンで価値あることをしようと思うと、どうしても国家や国際秩序といった領域まで考えることになる。その勉強をしたうえで、社会の課題に対してブロックチェーンを導入すればうまくいくはずだと、ものすごくアクロバチックなことをしなくてはいけない。世の中で出回っているブロックチェーンの情報は、牧歌的というかやさしそうな印象がある。でも、本当に必要とされて使われるブロックチェーンの技術を作るには、そのくらいのレベルが求められる」(落合氏)

大学や研究室など「環境」の選択は人間にとって重要

来場者から、プログラミングと経済学に興味があるが、大学では工学部と経済学部のどちらに進学すべきかという質問が出た。同じように経済学を学ぶかどうかで悩んだという落合氏は、「いまだったら経済を選ぶ」という。そのうえで、大学は研究室を重視して選ぶべきとし、さらに人間にとって環境というものの影響力の大きさとその重要性を説いた。

 

「僕はプログラミングも経済学も独学でやってきた。なぜ大学に行くのか。その理由は2つあると思う。1つ目の理由は研究室。学部ではなく研究室レベルでねらい打ちすること。家庭の事情などもあって大学の選択肢は限られるかもしれないが、その選択肢の中で経済学でもプログラミングでもこの研究室でなら勉強できるというのピンポイントでねらいすますことが大切。競争になるかもしれないが、いい研究室に入ることができれば、自分が実現したい世界に直結する世界最高の知識が手に入る。これは独学で学ぶよりも速い。

 

2つ目の理由は大学の仲間。人間は環境に影響される生き物で、環境によって考え方も態度も性格も言葉もすべて変わる。そのことを自分自身できちんと考えて選ぶこと」(落合氏)

 

そんな落合氏だが、自身は漠然としたイメージから物理学より化学のほうがおもしろいと考え、化学系の学部に進学。しかし、結局興味をもてずにいたところでプログラミングに出会った。「学部を選ぶのが雑だった。仕事のことや将来のことを考えずに、印象だけで判断していた」と落合氏は当時を振り返る。一方で、「大学の勉強はたのしいか?」という質問に対しては「大学に入ってから数学が楽しくなった」という。

 

「高校までの数学は、いかに計算を速くするかで、がんばって点数はとるけど行き詰まりを感じていた。大学の数学は、時間をたくさん使って考え、多くの文献にあたりながら答えを探す。本当に脳みそを使っているという感じがして楽しかった」(落合氏)

身近にあるハックから始まる

イベントの最後、落合氏は来場者に「ハックしよう。ハックする対象を見つけよう」というメッセージを贈った。その心は、自分が興味をもち、好きで楽しいと思えることを見つけるということだ。

 

「好きなご飯を聞かれたとき、幼児だとカレーやハンバーグが好きだと答えても、アジの西京焼きが好きとはまずいわない。やはり、自分が知っている食べものの数によって、答えの解像度がは変わってくる。数が多ければ、より詳細に答えられる。『プログラミングがしたい』というのは、まだカレーライスといっている段階。

 

本当にしなきゃいけないこと、考えなきゃいけないことというのは、ハックするということ。ハッキングのことだけど、本来は『うまくやる』という意味がある言葉。さらにいえば、ハックというのはプログラミングだけに限らない。たとえば市役所で働いていてもハックできることはたくさんある。自分に向いていて楽しいと思えること。それはプログラミングでなくてもいい。プログラミングを使わないハックもあるし、それにプログラミングを組み合わせればもっとハックできる。その順番が大切だと思う」(落合氏)

 

参加者の中心が中高大学生ということもあり、技術面やビジネス面での掘り下げた話はなかったが、代わりに「起業とは?」「エンジニアとして働くとは?」という一般的で根源的なテーマが語られたイベントになった。

 

フィンテック、なかでもブロックチェーン業界は、他の分野に比べると技術と同じくらい思想や信条、主義、個人と社会とのかかわりといったことを重視する人間が多いように思える。人々の生活や社会の仕組みを変えたい。そのための手段として技術やブロックチェーンを捉えている。そんなエンジニアによく出会う。「まずは身近なところのハックから始めよう」という落合氏の言葉からも、それが強く感じられた。

 

 

文:仲里淳
取材協力・写真:外村克也(株式会社タトラエディット)